V63PR ファナム島
JJ8DEN泉さんからV63PRのQSLが到着した。ダイレクトでQSL請求すると運用の様子をまとめた小冊子をつけてくれる。今回で2回目のダイレクト請求だったが、この冊子をいただけるだけでもダイレクトで請求する価値があります。(損得の問題ではありませんが、うれしいです)
冊子を読み進んでいるうちにチュークでお世話になった旅行社の日本人の名前が出てきた。その名前とは25年ほど前にトラック環礁(以前はトラックと呼んでいた)に行った時にお世話になったコーディネーターの方の名前だった。だいぶ年月がたっているとはいえ、遠い南の島で同じ仕事をしている同じ名前の人といえば同一人物である可能性が100%に近いのではないかと思う。(小さな息子さんは成人しているだけの時間はたっているのだが・・・もしかしたらお父さんの仕事を継いでいるのかな?) 元気に過ごされているのだろうと思うと、懐かしく思い、その時の思いでがよみがえってきた。(病気などがなければ充分生きていられる年齢だったと思う)
環礁の中にある大きな4島を、春島・夏島・秋島・冬島と呼んでいた。そしてその次に大きな7つの島を日曜島~土曜島、さらに小さな島が点在し名前すらない島もある。直径50mほどの無人島も見に行った記憶がある。太平洋の真ん中にあるところではあるが、環礁の内側は波も穏やかで、太平洋戦争時代の沈船が原形をとどめて沈んでいる場所だった。戦後40年以上たっているのに水深10mほどの穏やかな水面下にほとんど原型をとどめた状態で零戦がひっくり返ったまま放置されていた。ボートの上からもくっきりと羽根にペイントされた日の丸が見えていた。もしかしたら今もそのまま眠っているかもしれない。
太平洋戦争の時期は最前線の基地になっていたという話を聞いた。本部が置かれていた建物はそのまま学校として利用されていた。運動場が隣接され運動会というイベントが終戦後もそのまま残されて島の行事として続けられているそうだ。戦時中は島の人も日本語教育をされていたそうで、お年寄りの人はよどみない日本語で話しかけてくれることもあった。
一度の交信、そしてQSLカードが過去の記憶を鮮明に蘇らせてくれる。アマチュア無線を始めていなければこんなことは味わえないかもしれない。この趣味に出会ってよかったと思う。
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コメント
一昨日、家にも届きました。
まだ小冊子は読んでいませんが、
こういった冊子を配るのは並大抵では出来ませんね。
もらうとうれしいです。
投稿: JK1TCV/Kazu | 2009年5月27日 (水) 17時50分
栗原さん こんにちは
冊子を製作して添付してくれるのは本当にうれしいです。日本にいながら世界中を旅することができるような気分ですね。
投稿: 7K1CPT/Yama | 2009年5月29日 (金) 09時17分