アクティビティの低下
無線のアクティビティ低下とともに、ブログの書き込みも停滞気味になってしまっている。先週は久しぶりに奥多摩に行ってみようかと考えていたが、金曜日のニュースでは都民が奥多摩に集中して大渋滞を引き起こしているとか、渋滞のおかげで狭い道路を救急車両が通れなくなっているという話が出ていた。GoToキャンペーンで東京都を除外する内容が提示され、都民の行く場所が集中してしまっているのだろう。この時期にわざわざ混雑しているところに行こうという気持ちも起きず、結局出かけずに終わってしまった。
都民を特別視するような雰囲気が出ていると、県境を越えて遊びに出かけるのも後ろ髪を引かれる様な気分になる。車のナンバーが東京都民であることを明示してしまうと、周りの目が違っているように思えるときがある。人口が集中しているということは否定しないが、仕事のために都内に通っている人は安全なのか?どうして都民や東京を目的地にする人だけ特別視してしまうのか?キャンペーンの特典から除外するということは、単に恩恵を受けられないということより、周辺の空気を換えてしまうことにつながっていると思う。やりかたが間違っているような気がする。
必要のないときはできるだけ外出しないように気をつけている。どうしても耐えられないときに、買い出しのついでに移動したりすることもあったが、人に接触しないように気を使い運用するのも、なんだか落ち着かない感じがする。
自宅にこもっているとき、いまさらながら「You Tube」にはまっている感じになっている。アマチュア無線の話題をUPしてくれている人も少なくないが、JAの人の運用形態を見ていて、なんとなく違和感を感じるときがある。交信の内容を編集したりミュートしたりしているのが原因かもしれない。おそらく、電波法にある、「受信で得た内容を他に漏らしてはいけない」という部分に気を使っているんだろうと思う。悪いことではないと思うのだが、やはり交信の雰囲気を伝えるのにはマイナスイメージな感じに思う。海外の動画では、カットせずに交信の雰囲気とかノウハウをストレートに伝えてくれているときもある。こういうことって、やはり緩和されることはないんだろうなぁ。線引きが難しいと言えるかもしれない。秘匿性のない識別信号やRSレポート59と言われていることなど、いいんじゃないかなぁと思ってしまうんですけど、そういうわけにはいかないのかな?
実は、無線関連よりも他の分野であふれるような情報があるんだなぁとあらためて感じている。山の動画・バイク・自作につながる電気知識の解説。音楽関連。見ているといくら時間があっても足りないぐらいの感じがする。そんな中でもYoutube大学の世界史・日本史など、解説がわかりやすく、興味を引き起こすようなもの。感心しすぎてしまっている。こんな内容を入手しやすいメディアが若いころにあったら世界は変わっていたかもしれない。もっとも、情報を入手するのが簡単すぎると、努力することをしなくなってしまうような不安もある。
デジタルの時代、ひと昔前の常識が通じなくなる時代と言えるのかもしれない。
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